MEMOS

ちょっと書き留めたかったことなど。

7/27の定期ライブでぜんハリ隊を除隊しそうになったことについて

 マメに記録しないといけないと思っているのに、このザマ。

 7月27日の定期ライブの途中で、ぷっつりとステージを見る気にならなくなってしまった。キラキラに満ち溢れていたはずの空間が、急に色褪せてしまって、曲が雑音にしか聞こえなくなってしまった。最後までいるのは、苦痛でしかなかった。一日かけていろいろ考えてみて、言葉にできそうな気がしたから書き残しておく。これはライブの感想ではないことは、先に断っておく。あと、読み返さないでアップする予感がするので、日本語が変になるかもしれない。

 いろいろな要因があったのだろうと思う。

 『アールグレイの季節』にあわせてわかハリが紅茶の飴を配ってくれた。子供たちがおずおずと差し出す飴を受け取りながら、居たたまれなさ、申し訳なさで胸がいっぱいになった。それと同時に私が思い出したのは、飴を渡す程度のことにしては丁寧すぎる井上くんの微笑みだった。そこから先は、ここは井上くんのパートだった、井上くんはこう踊っていた、ここのフォーメーションはこうだった……そんなことばかり考えていた。私は7人の頃のぜんハリがいまでも好きだし、あの頃の動画を見ると、いまでも井上くんを目で追ってしまう。それでも私がぜんハリを好きで居続けられたのは、ぜんハリが変化し続けてくれたからだと思う。7人のぜんハリと、6人のぜんハリと、5人のぜんハリと、4人のぜんハリを私は見てきたけれども、そのどれも全然違う。それだけに、急に井上くんの姿が脳裏にチラついたとき、どうにも収まらなくなってしまった。

 少年ハリウッドのファンの人にも見てほしい、と最近のぜんハリはよく言う。その度に、自分もかつては、少年ハリウッドを見てぜんハリを知って、初めてアイドル現場に足を踏み入れた人間だったことを思い出す。アイドルの現場というものも初めてだった自分は、まず声優ファンとはだいぶ違うタイプの人がいることに戦き、同じCDを何枚も買ってアイドルと写真を撮るファンの姿にカルチャーショックを感じた。これはヤバい空間に来てしまったな、と思った。それなのに、気がついたら次の公演のチケットを買っていた。あのときの衝動がいまの自分にはないことを、私は認めざるをえない。

 少し前までは、発売時にはコンビニまで出向いて、少しでも早い整理番号のチケットを入手しようとしていた。それが、いまではリピートチケットならまだしも、ライブ前日にチケットを購入することが増えた。それでも、整理番号は50番前後。ライブ会場の座席は回数を追うごとに減らされていき、サイド席の下手が潰され、上手が潰され、今回は正面の列の数まで減っていた。空席が多いなかでライブをするくらいならば、最初から席を減らした方がいい。客入りが少なくなっているなかでも、ライブへのモチベーションを保とうとしているメンバーの姿には頭が下がる。でも、会場に入った瞬間に、虚しさを感じずにはいられない。

 ライブを眺めながら、今日は自分の稽古ができなかったな、と思った。自分の芸については、それで食べていくだけの才能がないことは物心ついた頃には理解している。幸いにも、他の道で糊口を凌ぐことができているので、基本的には、できるときにやればいい、というスタンスで続けようと思っている。しかし、趣味とはいえ、人前で演奏しなければならないことが決まってしまった。引き受けてしまった以上は、きちんとステージに立つ責任がある。ステージでは練習の6割しかで出せない。だから170%まで練習するしかない。しかし、私はまだまだそこに到達できていない。1日のなかで15分でも練習する時間が作れないなんてことはありえない、1日触らなければ取り戻すのに3日かかる、と問い質す母親の声が頭のなかで鳴り響く。練習したい、練習しないといけない。そう思ったとき、アイドルファンはやりたいことではあるけれども、やるべきことではないことに気がついてしまった。

 夏祭りの会場では、本を読んではいけないそうだ。定期ライブの数日前に、ライブ以外の暇な時間はすみっこで本でも読んでるか~みたいなツイートをしたばかりだったので、あまりにも直截な注意に驚いた。本を読むなと言われたのは、高校時代の体育祭以来で、反抗期だった当時のノリが一気に蘇ってしまった。だったら行かない!夜の部は1時間延長してくれるみたいで、行けそうかなと思っていたのに残念です。「本を読みたかったら、おうちで素敵な時間を過ごしてくださいね」みたいなことを言われたので、そのアドバイスに従います。そんなわけで、自分が生身の人間よりも書物を優先する人間だったことを思い出し、我に返ったら、目の前で歌って踊る生身の人間や、それに向かってペンライトを振っている自分が、生臭い、気持ちの悪いものに感じられた。

 ちょっともう無理だ……と思いながら、今までありがとう、と咄嗟に思ったとき、私はぜんハリ隊を除隊するのかな?と、動揺した。でも、いろんな条件が重なりすぎてしまっただけで、ぜんハリが嫌いになったわけではない。だから、気が向いたら行きますって言いながら、たぶん夏祭り以外は行くんじゃないかな。問題は、行かないと決めた夏祭りのチケットを買うかどうかってことだ。諸々の収支を推定計算してしまったら、行かない公演でもチケットを買わないといけないのでは、みたいな気がしてくる。それは、ぜんハリを追いかけはじめたばかりの、次のチケットを買わずにはいられない衝動とは真逆の気持ちなので、ちょっとつらい。

 次の定期ライブは、自分のコンディションも整えていけるように頑張ります。

最近観た映画

キンプラパイレーツ・オブ・カリビアンメアリと魔女の花銀魂、ハードコア

6/7,6/24 ぜんハリ定期ライブ

 セットリストは最後に。

 5/25の横山善之生誕前月祭、6/7の横山善之生誕祭オープニングアクト、6/24の横山善之生誕祭本編、ということで、都合、1ヶ月にわたり開催されてきた横山くんの誕生日月間でした。

 私自身は5/25に行けなかったので、6/7,24の各2回、計4公演に行ったことになる。

 個人的には、この間いろいろあった。5/25の公演に行けなくて、久しぶりにぜんハリ観られるなぁと思って楽しみにしていた6月頭のshowroomがぐだぐだ。他界しかけて悶々としていたところ、もんじゃ仲間との突発オフが開催。タラレバ娘顔負けのトークを繰り広げつつ、既に他界した友達から「いくよがアレなの今更じゃんwww」と笑い飛ばされて妙に納得。更に5/25の特典会の話を聞いてやっぱり最高の推しだとチョロい感じにモチベ完全復活。そして迎えた6/7。

 6/7のライブはMCが一切なく、その分、曲数を多くした公演だった。6/10の深澤くん卒業を目前に控えていたからか、showroomで思うところあったからなのか分からないけれども、不安定なときは、なにかを語るより、真摯に歌って踊る姿を見せてくれることが、なにより説得力を持つ。そういう説得力のあるライブをしなければいけないし、自分たちにはそれができるのだという意志と自信が伝わってきて、素直に楽しかった。病み上がりで大人しくしようと思っていたはずなのに、キンブレ大暴れしてました。6/7のぜんざ編はYoutubeで公開されているので、私のキンブレが大暴れしている模様は映像に残されています。

 5/25に初披露された横山くんの恋のRing、見られないかなと思っていたので、見られたのが嬉しかった。皇坂くんの子鹿のくつは、笠井くんが歌うのとは違う趣があった。マイクスタンドの前で手をぎゅっと組んで歌う姿に愛しさを感じた。

 終演後の特典会に行ったら、阿部くんに「おかえり」って言われたよーーーー。ここを家だと思っていいんだなーーーーー。こんなん言ってもらえて、入院してよかったなーーーー。顔を覚えられてない可能性を常に考慮に入れているので、「ただいま」なんて自分から言えません。アイドルって、こんな一言でオタクを幸せにできるんだからすごい。

 6/24は6/10の深澤くん卒業後、初のイベント。最近は4人でステージに立っていることが多かったので、どうなるんだろうという不安もなく、いままでのメンバーの誕生日のときと同じように、メンバーカラーのケーキが出てきてお祝いする楽しいライブになるんだろうな、と思いながら出かけた。

 ぜんざ編はバージンマジックの衣裳嬉しかった。バージンマジックの衣裳のときは三角筋のラインを見るの楽しみにしてる、みたいな手紙を書いたばかりだったので。私のテンションが最初から振り切れている様子を、隣の友達に見守られました。ロンリーPASSIONはタンクトップ姿に悶えすぎててキンブレ振れなかった。終演後、腰が抜けていた。ぜんざ編終わったあと、エロかったって感想を伝えたら、そう?みたいなニュアンスのこと言われたんだけど、もっとできるってことなのだろうか。期待。

 ハリウッド編は、わかハリ初参加のハリルでスタート。トッポザワッショイのときは後ろで踊っているだけだったわかハリが、前に出てくるのが可愛らしい。生真面目な顔で踊るトッポザワッショイと違って、笑顔でわかハリを見守るぜんハリ最高。だって胸がいっぱいで息苦しくなるから、のところが可愛すぎて椅子から滑り落ちそうになった。キラドリ、7日の公演に続けて今回も見られて幸せだった。紫のケーキを持ってわかハリが登場、口の周りを拭ってあげるぜんハリ可愛い。意外なほどあっさりと終わる誕生日コーナー。そして、僕たちのRevolutionのあとに、横山くんがソロでフルライブに挑戦することが発表された。

 横山くんが、自分がなにか真面目なことを言おうとしても、ファンに真正面から受け止めてもらえないもどかしさを吐露するのを聞きながら、なるほどなーと思った。少なくとも私のなかでは、斜め上をいく発言をして場を掻きまわすポジションだったり、不意に重たいことを言ったりするので、どこまで真に受けていいのか分からない、そういうダメなところも含めて愛でるのが横山くんだと思っていた。しかし、そこを変えたいと。一度ついてしまったイメージを、自らの行動によって覆してみせると宣言する姿には、かなり感銘を受けた。いまの自分の像と、周りから見たときの自分の像と、こうありたいと思う自分の像と、こう思われたい自分の像というのは、私のなかにもある葛藤なので、アイドルとしてというよりも、人間として、頑張ってほしいなぁと思った。ライブのそれ以降も、すごく気合い入ってるのが伝わってきたので、しばらく紫振ってみます。ほんとに頑張ってくれたら、私も頑張れる気がするし。

 終演後、しばらく紫も振るね!って阿部くんに言ったら「いいよ、大丈夫!」ってにこやかに送り出された。懐が広い。というわけで、紫のキンブレを買いました。あのときの意気込みを見せ続けてくれるかぎり、この夏は紫も振ります。

 それにしても夏祭り、勤め人には無理すぎる時間帯。

6/7 ぜんざ編
1. トッポザワッショイ
2. さいれんぴーぽー
3. マジでJINJIN
4. 恋のRing
5. 赤い箱のクラッカー
6. アールグレイの季節
7. エアボーイズ
8. 抱きしめてサーカス
9. ZENKAI PLAY
en. キラキラDREAMER

6/7 ハリウッド編
1. バージンマジック
2. 奇跡のYES
3. ドレミファMUSIC
4. 子鹿のくつ(皇坂くんソロ)
5. ハリウッドルール1・2・5
6. HOT LOVER
7. 永遠never ever(頭サビ 横山くん)
8. 抱きしめてサーカス
9. 青春HAS COME
en. ハート全僕宣言!

6/24 ぜんざ編
1. バージンマジック
2. 奇跡のYES(頭サビ 阿部くん、横山くん)
3. 抱きしめてサーカス
4. 赤い箱のクラッカー
5. アールグレイの季節
6. トッポザワッショイ
7. BUY or DIE
8. さいれんぴーぽー
en. ロンリーPASSION

6/24 ハリウッド編
1. ハリウッドルール1・2・5
2. キラキラDREAMER
3. 僕たちのRevolution
4. 永遠never ever(頭サビ 横山くん)
5. 抱きしめてサーカス
6. 青春HAS COME
7. ZENKAI PLAY
8. ビーバイブレーション
en. HOT LOVER

ZEN THE HOLLYWOOD (ぜんハリ)「深澤大河卒業イベント」

 6月10日(土)カレッタ汐留

 トラちゃんの卒業は「おめでとう」ではなく、「いってらっしゃい」だった。

 6月7日に梅雨入りが宣言されたばかりだというのに、この日は今年一番の暑い日だった。

 CD販売開始の16時半とほぼ同刻に私が到着したとき、タワーレコードミニ汐留店の外周にはぐるりと列ができていた。いつも見る方や久しぶりに見る方、いろいろな方がいたけれども、会場に悲愴感はなかった。むしろ、トラ推しも他推しも含めて、他界したファンがかなり足を運んでいたようで、和やかさが感じられるほどだった。

 当初のタイムラインでは、16時半にCD販売開始、17時半リハーサル、18時特典会開始、19時半イベント開始の予定だった。けれども、予定通りに進んだのは、16時半のCD販売開始だけ。しかし、それと引き換えに、販売開始当初に決めた10枚の枚数制限を動かさず、途中でCD販売を打ち切らずに並んだ人はすべて買えるようにした。これは運営スタッフの英断、店舗の協力のおかげだと思う。

 トラちゃんの卒業が発表されてから、5月末時点では日程を調整している状態だった。準備の慌ただしさは、このグループには似つかわしくない「深澤大河卒業イベント」というシンプルなタイトルからも、容易に察せられる。『弱虫ペダル』の撮影のなか、スケジュールの合間を縫ってステージに立ってくれたトラちゃん、わずかな準備時間でステージに立ったメンバー、マネージメントしてくれたトラちゃんの事務所、イベント開催のための段取りをつけた運営、場所を貸してくれた店舗、直前までステージを調整していた設営スタッフ。このイベントをやるんだ、という強い意思を、アイドルも裏方も含めて、こんなに強く感じたイベントは初めてだった。開催決定からトラちゃんがステージを降りるまで、ギリギリまでアイドルと俳優を両立させようとしたトラちゃんの思いと、ギリギリまでそれを支えようとした人々の、ギリギリの臨界点を見せられているようだった。

 リハーサルは18時頃にスタートした。ステージ脇に姿を現したトラちゃんは、髪の色が赤みがかっていて、『弱虫ペダル』の鳴子くんがトラちゃんになって出てきたようだった。5人で歌うのは1曲だけ、その1曲は「永遠never ever」になることが、事前に投票で決められていた。頭サビは全員で歌った。音響スタッフとのやりとりは阿部くんがしていたのだけれども、バミはトラちゃんがテープを握りしめて黙々と貼っていた。皇坂くんはその姿を見守りながら手伝い、笠井くんと横山くんは後ろでなにか話していた。ここのところ、4人でインストアイベントをしているときは全員で確認していることが多かったなと不意に思った。それと同時に、トラちゃんってこういう役割だったんだなと、いきなり腑に落ちた。4人での活動が続いて、ひとつの形が見えてきたこともあるからこそ、トラちゃんがいるときといないときのバランスの違いは明瞭だった。

 リハーサル終了の直後にトラちゃんの特典会が行われた。グループショット、個別握手会、2ショット、サイン会。

 イベントが始まったのは20時半近く。「永遠never ever」の頭サビは、トラちゃんのソロだった。私はこの曲に票を入れた。この曲はいつも、そのときのぜんハリの生き様を映しだす曲だから。だから、ぜひともこの曲を歌ってほしかった。

 頭サビの終わり、胸を張って出てくるトラちゃんの瞳は輝いていた。そのキラメキは、卒業もなにもかも忘れさせ、その瞬間にその笑顔があるから世界は輝いて見えるんだと思うくらいのキラメキだった。かなり後方から見ていたから距離はあったはずなのだけれども、照明で反射して光る八重歯のキラメキまで見えると思うほど、トラちゃんが近くに感じられた。推しがどんな表情で仲間の卒業を見送ろうとしているのだろうなどという考えは露ほども浮かばず、私はトラちゃんに夢中で、一心不乱に黄色のペンライトを振っていた。この日の私の心に強く残った一節は「君がそこにいる 今が強いんだ」だった。

 メンバーからトラちゃんへの言葉、トラちゃんからの言葉。最後にひとつだけワガママを、とトラちゃんが最初の自己紹介をしてくれた。このバージョンを聞くのは私は初めてだった。私が知らなかった時期も含め、4年間の活動にかけてきたトラちゃんの思いがストレートに伝わってくる渾身の自己紹介だった。

 そして「エアボーイズ」。頭サビを歌って、ステージを去るトラちゃん。私、号泣。一瞬前まで5人のぜんハリだったのに、次の瞬間には4人のぜんハリが力強く飛び出してきた。この4人は、4人での活動が続くなか、4人でステージを完成させながらも、5人でぜんハリなのだとトラちゃんの場所を残し続けてきた。これからは4人でぜんハリ。トラちゃんがステージを去るわずかな時間すら感傷に浸らせてくれない姿は、とても逞しく、美しかった。最後に「青春HAS COME」を歌ったときには、「やっぱりゆーまが好きだな~」とか思っていたので現金なのでしょうか。それとも、4人がそう思わせてくれたのでしょうか。

 なんにせよ、「エアボーイズ」は本当にズルいと思った。俳優としてのオーディションだったのに、蓋を開けたらアイドル活動。「夢の上書きが不安消すように」って残酷すぎやしないかと、初めてぜんハリの「エアボーイズ」公演を見たときの私は思ったのだった。でも、トラちゃんの、俳優になるという当初の夢は、アイドル兼俳優になるという夢になり、そして再び俳優になるという夢に上書きされた。4人のメンバーも、5人で活動を続けるという夢から、4人で活動するという夢に上書きされた。夢を上書きするにはエネルギーが必要で、しかも、必ずしも希望通りに進むわけではない。ただ、生きているかぎり、夢に最終版はない。何度も離発着を繰り返す飛行機のように、何度でも夢は上書きされ、夢に向かって飛び立てる。ぜんハリにまたひとつ、人生の真実を教えられた。

 深澤くん、いってらっしゃい。いままで本当にありがとう。夢はでっかくハリウッド!本当にハリウッド俳優になって、テレビであの自己紹介やってるところが流れたら面白いね。

 4人のぜんハリも、いってらっしゃい。私はぜんハリの影を追い続けるよ。

映画『ローガン』

 来日したヒュー・ジャックマンが「ローガンが老眼鏡」というギャグににこやかに付き合っている姿が魅力的だったので観に行った。『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』と『ウルヴァリン:SAMURAI』は事前に観に行ったけれども、X-MENシリーズの本筋はまだ観ていない。設定だけはなんとなく把握してから行った。ウルヴァリンの前2作品がわりと微妙だったので、まったく期待せずに行ったのだが、ロードムービーだったり西部劇だったりヒューマン・ドラマだったりメタフィクションだったり、さまざまな要素が詰め込まれた満足感のある作品になっていた。

 ネタバレる。

 老いてミュータントとしての能力が衰えつつあるローガンが、自分の遺伝子を継ぐ少女ローラと出逢い、救済へと導かれる物語。

 ローラは研究所で生まれたミュータントで、研究所での開発の終了により殺されそうになったところを逃走。ノースダコタにあるという「エデン」で仲間たちと落ち合って、カナダとの国境を越えようとしている。ローガンとローラは、メキシコ国境付近のエルパソで出逢い、老いたチャールズを伴ってエデンを目指して逃避行をすることになる。

 アメリカのロードムービーというと、伝統的には東から西へと旅するものだけれども、この作品では南から北への旅路が描かれる。地図でいう下から上への移動は、地上から天界への移動であることを暗に示しているのだと思う。

 彼らが目指すエデンは、ローラが所持していたX-MENのアメコミ誌で目指されていた楽園である。ローガンは、X-MENの物語は事実に基づいているが、物語にすぎないのだとエデンの存在を否定する。しかし、ローガンとローラは逃避行の末、仲間の待つエデンに到達する。そして彼は、ローラと仲間たちを追撃者から守るために戦い、死を迎えることになる。それまでほとんどコミュニケーションを拒否していたローラが、ローガンの死の間際、彼をDaddyと呼び、彼は家族の愛を知ることになる。ローガンはアメコミ誌に描かれた自分たちの物語を否定するけれども、その物語によって救済されるのだ。滾る。(メタフィクション大好き)

 ローガンは、この作品では殺されかけた少女を救うという正義漢の役割を果たしている。しかしながら、作中では、かつて制作されたという西部劇の一節を引用し、一度でも人を殺した者は、殺人者としての烙印を押されるのであると強調する。作中でのその他の行動をとっても無法ぶりはかなりのもの。ヒーローであることと、品行方正な聖人君子であることは必ずしも一致しない。しかし、西部劇というアメリカのアメコミ以上に古いヒーロー像を持ち出すことで、ローガンのヒーロー性は強化されているように思う。アンチヒーロー性とヒーロー性の混沌を描いている……のかもしれないけど。X-MENシリーズの本筋を観ないと分からないので、この辺はちょっと曖昧。ただ、西部劇を引用することで、そもそもヒーロー性とはなんぞや、という問いかけをしているのは確かだと思った。

 最も切なかったのは、ローガンの墓前で、一度でも人を殺した者は、殺人者としての烙印を押されるのであると唱えるローラや、彼女の仲間たちが、既に殺人を犯してしまっているということ。エデンの地をあとにする彼らは、知恵の実を食べてしまったアダムとイブのように原罪を背負わされているのだから。MARVEL映画のお約束である、エンディングに挿入されるエピローグがないのも切なく、かえって映画の余韻を感じさせる。

 難しいこと抜きにして、衰えゆく中年と強気な少女の組み合わせ、肉が抉れ首が掻き切られる豪快さは最高でした。未見の作品も観たい。

映画「いぬむこいり」

 日本で、こんなに豊かなマジックリアリズムの作品が観られるとは思わなかったので驚いた。

 東京で小学校の教師をしていた主人公。彼女の一族には、「いぬむこいり」の説話が伝承されていた。勤務先の学校で保護者とトラブルになり、婚約者をゴスロリ少女に奪われ、散々な目にあっていた彼女はある日、「イモレ島で宝物を見つけられる」というお告げを聞き、東京を出奔する。沖之大島を経由してイモレ島に渡ろうとしたところ、イモレ島では長年戦争が行われていて容易に入り込める状況ではないこと、沖之大島とイモレ島には彼女の一族に伝わる「いぬむこいり」の説話と酷似した物語と伝承されていることを知る。

 物語は4部構成になっており、第1章は東京、第2章は沖之大島、第3章は無人島、第4章はイモレ島と、4つの土地が描かれる。第1章で主人公が東京を出奔するまでの物語、そして第2章で沖之大島に渡った彼女が圧政を敷く町長と選挙戦を繰り広げる物語は、ところどころにエキセントリックな要素が挿入されつつも、基本的にはリアリズムの手法で描かれている。ところが、第3章で彼女が無人島に渡った以降は、リアリズムと伝承世界が交錯し、めくるめくマジックリアリズムの世界が展開される。第2章、第3章、第4章と場面が移行していくにしたがって、それぞれの島ごとに風景や生活様式や民俗の違いがあり、その多様性は第1章で描かれる東京までも相対化していく。

 マジックリアリズムの代表格とされるガルシア・マルケスの『百年の孤独』では架空の都市マコンドが設定され、それに倣って日本でも多くの作家が自らの故郷を舞台にマジックリアリズムの影響を受けた作品を発表している。ただし、おそらく、「いぬむこいり」のように、日本が約7,000近い島々からなる点に着眼し、日本全体を舞台として包摂しうる作品は、いままで発表されていないのではないかと思う。

 そして、空間的射程の広さもさることながら、時間的な射程の広さ、つまり歴史や歴史認識、現在の政治的な問題についても触れているのが力強い。第4章で描かれるイモレ島が沖縄をモデルにしていることは言うまでもない。第2章では、圧政を敷く横柄な町長や、彼の意向を忖度して行われた村八分、民主主義を謳いながら行われるポピュリズムな選挙戦が描かれ、これらの要素を現実で見覚えがないとは到底言えない。

 しかし、こうした切実な問題を題材にしながら、それを滑稽に描いているところに、サービス精神の旺盛さを感じる。そして、徹底的に滑稽にやってやろうという俳優陣のエネルギーが至るところで迸っている。映像的な強烈さという点では、第4章で緑魔子がアングラを思わせる舞を披露するシーンは圧巻だった。そして、柄本明石橋蓮司も最高だった。レノンが好きだと言った直後に覚悟の焼身自殺をする三味線店店主。ゲバラが好きなくせに、主人公を担ぎ出して自らは黒幕として振る舞う革命家。まったくもって、矛盾に満ちた人物設定だけれども、設定と生き様が噛み合わない姿は喜劇的であると同時に悲劇的でもあって、人間臭くて、ドキドキする。そしてなにより、俳優陣では主人公の女性を演じた有森也実が素晴らしかった。

 東京で小学校の教師として働いているものの、些か突飛なところがあってうまく社会に溶け込めずにいるアラフォー独身女性の生きにくさ。彼女はお告げを聞いて、自分本意に生きてやるという決意をもって職を辞すが、度々、ひとの役に立ちたいと口にし、その度に周囲に翻弄される。自らが生贄であるとしても、ひとの役に立つならば構わない、とまで彼女は言う。イモレ島への道中、騙されても、利用されても、失敗しても、常に善良であろうとする姿は、いじらしく、可愛らしく、そして尊い

 彼女はイモレ島で犬神と対峙し、腹に宿した犬男との子供を産んで命を落とす。それを、生贄になり、ひとの役に立つという彼女の願いが遂に叶ったととるか。あるいは、彼女の一族に伝わる物語の一部となることで自らの居場所に辿り着いたのだととるか。はたまた、自分らしくとか、ひとの役に立つとかいった欲求とは違う次元の存在になってしまったのだととるか。いろんな解釈があると思うのだけれども、この結末を迎えることで、彼女はやっと自らの欲求から解放されることができたのだ。

 マズロー欲求5段階説では、生理欲求、安全欲求、社会的欲求、尊厳欲求自己実現欲求が順に満たされていく、とされている。しかし、この物語の主人公は、生理欲求と安全欲求を捨てることで、残りの3つを満たすことがようやくできている。死んでしまったら元も子もないけれど、死ななければ充たされることがないというのは、なんとも皮肉な話だ。

 彼女がクズなのか、それとも世界がクズなのか。どっちもクズだけど、どっちも愛しくて、どっちもバカバカしいよね。仕方がないから生きてやろうか、そんな気分になる映画だった。

 パンクロッカー役の笠井薫明くんがかっこよかったです!Hombre nuevoって父親に教えられて、まったく意味わかってなさそうな顔で「おんぶれぬえぼ、おんぶれぬえぼ」って言ってアホ面晒して死ぬシーン、最高に切なくて可愛くてダサくて滑稽でした。念のため書いておくけど、そのように見えるべき役をそのように演じていたことを素敵だなと思ったのであって、彼が滑稽と言っているわけではないです。

 もともとこういうの(『百年の孤独』みたいなラテンアメリカマジックリアリズムとか、それに倣った日本やその他さまざまな国の作家の作品)が大好きなので、「いぬむこいり」は私にとってクリティカルヒットな作品だった。でも、インディーズだから知る機会は限られているし、上映時間長いし、上映期間短いし、新宿は連日のように満席だったみたいだし、笠井くんが出てなかったら出逢うことができなかったと思う。ぜんハリおたくの課外活動、いままでで最高の出逢いでした。すごく感謝しています。

甲状腺の片側をとった話

 5/23(月)に甲状腺左葉切除の手術を受けた。とりあえず記録。

<経緯>

 喉元に小さな膨らみが見つかったのは、半年ほど前にあった会社の定期健診だった。内科医の問診の際、「甲状腺に腫瘍があるのでは?」と開口一番に医師から指摘された。定期健診の問診というのは形式的なものだとばかり思っていたので、そこでなにか指摘されたことは驚きだった。一方、その数週間程前から喉に違和感はあったので、それがなんらかの異常によるものであることが分かり、どことなく安心した。
 甲状腺の専門医を受診するようにとの指示を受け、友人やその他の科の主治医、甲状腺に詳しい親戚にも話を聞いたうえで、国内でも指折りの専門病院を受診することになった。外来に行くたびに2,3時間以上待たされるのは辟易した。血液検査や細胞診の結果を受け、約5cmほどの濾胞性腫瘍が甲状腺左葉にできているとの診断がくだった。良性であればただの腫瘍だが、20-30%の可能性で悪性の腫瘍、つまり癌だという。正確に判断するためには、切除のうえ病理検査を経る必要があるという説明を受けた。大きさがそれなりにあること、甲状腺は左右に2つあり、片方のみでも十分に機能すると考えられることを踏まえて、切除することを勧められた。それなりの可能性で悪性だったら癌、という言葉に恐怖を感じたものの、親戚に訊いたところ、また、文献等を自分でも調べたところ、悪性の可能性は極めて低そうではあった。しかし、自然に治癒する類のものではなさそうなので、さっさと手術することにした。
 受診している病院では、手術までに半年程度待たされる。他の病院も検討はしたが、親戚によれば、いずれの大学病院と比較しても当該病院は扱った症例数が圧倒的に多いため、それ以外を検討する余地はないとのことだった。やむなく、その病院での手術を決めた。大部屋より個室の方が2ヶ月ほど早くに手術を行えるという状況だったので、迷わず個室を選択した。この病院の個室の差額ベッド代最低額が、都内でも屈指の高さだったのは、入院前日に知った。
 その後、CT検査や追加の血液検査を受ける。CT検査の結果は「切除にあたって問題はない」とのことだった。親戚によると、これは明らかなリンパ節転移、肺転移、骨転移はないものと思われる、ということを意味しているらしい。一方、血液検査の結果ではプロトロンビン値がやや高く、血液が凝固しにくい可能性があるとのことで、血液内科を受診するよう指示を受けた。明らかな異常値ではなく、正常値の設定範囲如何によって正常値として判断される程度の値だったので、血液内科では、手術にあたって問題はない旨の診断を受けた。昨今の外科は慎重になっていて、わずかな異常でも専門医の判断を仰ぐケースが多いようである。

 会社に手術のために休みが欲しい旨を伝えたところ、部門長から、癌と確定したわけではなく、癌の可能性があるだけなのになぜ手術をするのだと詰問された。余計なお世話である。こちらとしては、上司の意向により手術をするという意思決定を覆すつもりはないため、休みますの一点張り。

<手術前々々日>

 いったい何日前から入院しろというのだろう。13時に病院に到着。病棟内の過ごし方やスケジュールの確認、主治医(=執刀医)との挨拶。それ以外は暇。

<手術前々日>

 暇すぎて映画を観るばかり。
 午後は会社の同僚たちが遊びに来てくれた。
 お見舞いの品というと、生花はメジャーのように思えるけれども、私の入院している病院では衛生管理上、禁止されている。その旨を伝えていなかったので、申し訳ないことをしてしまった。お見舞いに来てもらうときは、そういうことをお伝えしないといけないのだなと反省した。日持ちがして、ちょっと摘めるお菓子などをいただいたのには心遣いを感じた。
 会社はようやく繁忙期が明けた頃合い。休暇中の私のもとにも引継ミーティングの予定が送られてくるので、薄々感じてはいたが、異動や退職の時期がやってきたようである。この日は、直近で退職者が1名、海外への出向が2名いると聞いた。退職する方の名前を聞いたとき、少なからず驚いた。上から期待され、仕事を多く任され、私にはとてもできないタフでストイックな働きぶりの人だった。自らの職責にプライドと充実感を見出しているのだろうなと思っていた人が、突然に退職届を提出する。よくあることだ。ボーナス支給の直前に退職するのだから、よほど辞めたかったのだろうか、などと邪推してしまう。

<手術前日>

 午後に夫が見舞いにくることは聞いていたのだが、予告もなしに弟が姿を現したのには驚いた。
 今春に漸く就職した弟は、なにやら新社会人にありがちなミスを連発しているらしい。気を付けるようにとか、前回の資料と同様にとか言われても、前回の資料がどこまで参考になって、どこを気を付ければよいのか、分からないと頭を抱えていた。
 そんなこんなの話をしているうちに、スープストックの差し入れとともに夫がやってきた。病院食が口に合わず、胃が空であるという感覚はあるのに食欲はなく、食べ物を口にすると一層食欲が失せるという辛い状況にあった。空の胃に食べ物が入って、空腹が実感できる、そういう食事は幸せだと思った。手術前日であるため、21時以降は禁食。
 弟になにか必要なものはないかと訊かれたので、めんつゆと塩胡椒を差し入れてもらった。これで病院食が多少緩和されそうである。
 入院してからの3日間で、『アイアンマン』から『アベンジャーズ』までの6作品を鑑賞。この日の晩から、レポートに手を付け、題材の選定、おおまかな流れを決めたところで就寝。

<手術当日>

 夕方からの手術であるため、午前中は暇。午後から確認等の準備が始まる。どうやら私の血管は細いらしく、1人目の看護師では点滴用の針を刺すのに適当な箇所を見つけられず、2人目の看護師に代わってようやく点滴用の針が刺さった。このあたりが一番心細かった。
 手術の時間に看護師が迎えにくるまでは、母と義母と3人で他愛もない話をしていた。手術直前、緊張のあまり血圧や体温が上がって手術が中止になることもあるそうなので、リラックスした状態で過ごすことができたのは、ずいぶんと助かった。
 術衣に着替えて歩いて手術室へ。ひとつめの小部屋には椅子が1脚置かれ、病室から私を引率した看護師と手術室看護師が本人確認を行う。奥の部屋に連れていかれると、いよいよテレビや映画などで見る手術室がそこにはあった。妙に面白くなって、手術台に乗りながら笑いがこみ上げてきて、「ドラマみたいですね~」と本音を漏らしたら看護師さんに笑われた。麻酔医の「薬を入れるときに、ちょっと沁みますね」という言葉の直後、あぁ意識が消える、睡眠薬とは違う、意識がかき消えていくような感覚だなぁと思った。その次の瞬間には、看護師さんの「これからストレッチャーで部屋に戻りますねー」という声を聞いた記憶が微かにある。ただ、部屋に戻る間の記憶はまったくなく、気が付いたときには病室のベッドに戻っていた。
 しばらくして、夫が病室に来たときのことは覚えている。手術後3時間は安静と言われていたので、時刻から逆算するに、手術が終わってから、そう経たない頃だったのではないか。酸素マスクをつけられていたのと、手術中に喉に管が通されていたのとで、口内と喉が渇ききっていてひどく息苦しい。喉元を切っているので、嚥下する際に首の皮が攣るような痛みもあり、ひどく不快だった。エコノミー症候群防止のためにつけられた脚のマッサージ機も重く、暑苦しい。左腕には点滴がつけられ、左手にはいつのまにか看護師に握らされたナースコールがあった。手術したのは喉だけだというのに、様々な機材がつけられていて、身体のどこを動かすことが許されるのか分からず、硬直せざるをえなかった。
 意識が断片的で、母と夫が「そろそろ帰ろうか」と漏らすたびに、心細くて、暑いだの痛いだの我儘を言い、しまいにはネタがなくなって夫を呼び続けた。安静状態も残り2時間ちょっと、というところで意識が一度途切れ、その隙を見計らって2人は帰ったようだった。9時過ぎに安静状態が解除され、飲水が可能になった。鎮痛剤と睡眠薬を服用し、ぼんやりしているうちには、脚のマッサージ機や酸素マスクもとられ、点滴も終わった。術衣からパジャマに着替えるかと看護師さんに訊かれたのだけれども、そんな気分にもなれず、明日にするようお願いし、初めてお手洗いに行くときはナースコールで呼ぶように指示を受けた。
 次に目が覚めたのは1時頃だった。思いのほか動ける気がしたので、看護師の指示を聞かなかったことにして、自力で着替え、お手洗いに行った。水を飲んでいいんだから、ジュースも問題ないだろう、翌朝には食事もできるしと、下階の自販機で果汁入り飲料、ミルクティ、炭酸飲料を買い込んで、あっという間にすべて飲み干した。日曜の21時以降は糖分の入ったものを口にしていなかったので、やたらと美味しく感じられた。甘いもの美味しいなと思って、勢いでチョコレートも食べた。さすがにこれはいかがなものかと些か気が咎めた。

<手術翌日>

 午前1時頃に目が覚めてから眠ることができなかったため、午前中に数時間程度昼寝をする。午前中に回診があった他、医師や看護師が適宜、傷の様子と傷口から繋がるドレーンの状態を確認していく。経過は良好らしく、予定どおり、翌日にはドレーンを抜くことができるようだ。
 食事はこの日から粥が出てくる。粥を食すにあたっては、弟に差し入れてもらっためんつゆが大活躍した。その他、胃に負担のなさそうなものなら食べてよいらしい。午後に母が来た際には、看護師の許可を得てスタバのフラペチーノを差し入れてもらった。許可なしでポテトチップスも食べている。甲状腺は消化機能には関係ないし、喉周辺に負担がかかるような噛み応えのあるものでなければ食べてもよいのではないかと勝手に判断した。
 前日の晩に、ベッドから起き上がる際に首を捻ることがないよう注意を受けていたため、昼過ぎまで首を極力動かすことのないよう過ごしていたら、夕方になる頃には傷の痛みよりも首肩の凝りが酷くなった。母と夫にマッサージをしてもらい、さらに、看護師に動かしてよい範囲を聞いてストレッチをする。どうやら真上を向くことさえしなければ、なんでもしてよいらしい。マッサージとストレッチを繰り返していたら、痛みがかなり緩和された。
 夜8時に就寝。10時、12時、2時と断続的に覚醒が続く。眠っていても無意識のうちに身体に力が入るらしく、特に腰周辺は筋肉痛に近い状態になっている。熱がやや高く、喉の違和感のせいか、ひどく喉が渇く。

<手術後2日目>

 就寝前に1錠服用したにも関わらず、深夜3時か4時頃にマイスリーを2錠追加した。1日10mgを超えないように服用する薬なのでODではあるが、なにせ入院中の身、やらねばならぬことなどないのだから、眠たければ好きなだけ眠ればよいのである。マイスリーの助けもあって、朝食まで眠ることができた。朝食後も夢現の状態で布団でごろごろしていたら、医師がやってきてドレーンを抜いていった。断続的に眠り、昼食を看護師が持ってきたことには気が付いていたのだが、うっかり寝過ごし、目が覚めたときには下膳の時刻を過ぎていた。妙に発汗量が多く、何度か着替えた。
 午後には傷口から下はシャワーを浴びることが許された。ストレッチをしながら午後はのんびりと過ごした。傷の痛みは緩和されてきたものの、むず痒さを感じ、たびたび咳き込む。水や間食で適宜ごまかす。夜10時頃に一度は就寝したものの、喉の違和感のせいか眠りが浅く、眠気はあるものの落ち着かない。しかし、時間を追うごとに回復している実感があるため、楽観的に構えている。

<手術後3日目>

 この日から通常食が供される。
 洗髪の許可もおり、お風呂の掃除が終わると同時に浴室に飛び込んだ。
 午前中に医師から手術の説明を受けた。手術に要した時間は52分、出血量は10ml程度、計画通りの手術のようだった。入院した日に、血液検査でHIVの陽性反応が出ていると言われ、再検査を受けた結果が返ってきていた。感染していないけれども、陽性反応が出てしまう偽陽性であるとのことだった。お騒がせである。次の通院は1ヶ月後。経過は順調そうなので、1ヶ月もすればウエイトトレーニングやダイビングもOKとのことだった。今年の夏はダイビングに行けないと半ば諦めていたので、ダイビングに行ってもよいと聞いて喜び勇んで部屋に戻り、布団に潜りこんだらハワイに行く夢を見た。昼食の時間まで夢の余韻を愉しんでいたら、夜眠れなくなるから起きろと看護師に叱られた。
 午後には経鼻内視鏡で声帯の動きに問題がないことを確認した。
 翌日には退院の予定。