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MEMOS

ちょっと書き留めたかったことなど。

[映画]劇場版「PSYCHO-PASS サイコパス

 テレビ版は飛び飛びでみていて、たぶん8割くらいは観ているし、面白そうだったので行ってみたよ。終わった瞬間は、すごく面白いものをみた~!と思った。時間が経つにつれて、あれ?と思う部分があったので、書きながら考えてみる。特に整理はしていないので、何も考えずにボールペンで一発書きしたメモみたいになると思われる。

 以下、問答無用にネタバレ。

 他国では弱肉強食の内戦状態が続いているなか、日本はシビュラシステムの導入により、平和な社会を築いている。シビュラが管理する世界では、すべての人々の心理状態や性格的傾向を分析し、職業や結婚相手までマッチングしてくれる。そのシビュラシステムが、シャンバラフロートにも導入されることになった。作中では、これを「平和の輸出」と言っていた。
 同時期に、武装した密入国者が捉えられる。取り調べのなかで、彼らと狡噛に接点があることが判明。常守はシャンバラフロートに渡る。狡噛と接触した常守は、シャンバラフロートをめぐる陰謀に巻き込まれていく。真相が明らかになり、常守はシビュラと対峙する。

 シビュラシステムの官僚制は独裁制とは相容れない、という台詞は興味深い。シビュラシステムの導入により、シビュラがすべてを裁き、権力を手にする。よって、独裁者の座についても権力を手にすることができない、ということだ。
 狡噛は反体制派のゲリラ組織で戦術指導をしているうちに、組織の人々から信頼性を得るようになり、カリスマとして扱われるようになっていた。シビュラシステムの下で敷かれる官僚制と、ゲリラ組織で求められるカリスマ指導者。

 シビュラは「最大多数の最大幸福」を求める功利主義者。シビュラの思想に対して、常守は懐疑的である。友人の結婚相手がシビュラによってマッチングされたときの複雑な表情を浮かべ、シャンバラフロートで常守の身のまわりの世話をすることになった少女に対して、幸せか、と問う。
 事件の真相が明らかになったとき、常守は、シビュラに対して法と権利を手にするために人々が血の滲むような努力をしてきた歴史を尊重すべきだ、と説く。常守の論理は、人々が選択した法は遵守されるべきものだ、というもの。
 シャンバラフロートの人々は投票により、シビュラによる統治を選択することになる。

 私が解せないのは、投票にあたって人々に与えられた選択肢が、生命・身体の自由等の基本的人権の保障された社会or内戦状態のみであること。そして、選択する人々に、合理的な選択を行うだけの情報や判断力がないにもかかわらず、投票によって決定されたシステムに正当性を認めても良いのか、ということだ。
 一般論として、功利主義に対する批判というのは、衆愚政治に陥る可能性、そして多数の幸福が少数の犠牲によって成立する、というもの。常守がシビュラに求めた投票というのは、まさに衆愚政治そのものではないのか。そして、シビュラのもたらした功利主義によって犠牲になっている少数というのは、常守や狡噛といった、シビュラシステムに対して懐疑心を持つだけの能力を持ち合わせた人間なのではないか。頭の良い人間、強靭な肉体を持つ人間、カリスマ性を持つ人間が、シビュラシステムにより排除される。
 自分のような人間が排除されかねない、そのことを理解しているからこそ、常守はシビュラによる統治システムに対して懐疑的なんだろうと思う。それでも法を遵守しようとするのは、妥協なのかなんなのか、私にはよく分からない。しかし、そこがこのキャラクターの魅力。こういうのは、2期を担当した冲方丁の得意とするところだしね。

 というようなこともありつつ、でもこの作品に対する一番つっこみたいのは、そもそもの発端だった武装密入国者の件はどうなっちゃったのかしら、ということだ……。

 狡噛拷問シーンはエロくて良かった。