MEMOS

ちょっと書き留めたかったことなど。

少年ハリウッド25話

 少ハリ25話の感想を書こうと思って、24話の感想を書いていないことを思い出したのだけれども、ま、いいか。

 前回、ハリウッド東京に立てこもった新生メンバー。クリスマスのラストライブに向けて、ブレストをし、「最高のいつも通り」というコンセプトに辿り着く。そして、いつもしていたステージのひとつひとつが、かけがえのないものだったのだということに、颯たちはようやく気が付く。そこに、シャチョウとシーマが現れ、少年ハリウッドの存続が決定が宣言される。ちょっと前の回で、シャチョウがメンバーのパフォーマンスをみて、舞台袖で苦言を呈していたところに、シーマが交渉してきて、渡りに船、ということで一芝居うった、ということね。

 思ったより、波風の立たない展開だった。原作者が「シャチョウの言っていることも、シーマの言っていることも『正しい』」とか、「どうやったら少年ハリウッドが良くなっていくかをみんなすごく考えていて~」みたいなことをを言っていたのに、実はシャチョウとシーマはグルだったとな。盛り上がらないオチ……。

 さらに、個人的に納得ができないのは、「パフォーマンスがダメ」とシャチョウは言っていたけれども、それって作品上のどこかで表現されていたのか?ということ。ここまでの回で、それぞれにフィーチャーしながら、それぞれの気持ちの変化を描いてきたはず。それに、マンネリ回避のために、センターを変える、ということもした。それなのに、いきなり「ダメ」とか言われたら、今まで積み重ねてきた話数はなんだったんだ、御都合主義だな~としか思えない。

 2期に入ってから、明らかに作画スケジュールが危なくて、どんどん守りの姿勢が強くなるあまり、パフォーマンスシーンがほとんどない。だから、「パフォーマンスがダメ」と言われても、ますます実感が湧かない。画面上では、話す人物以外はほとんど動かず、話していても口パクしか動かなかったり、その口パクもタイミングがおかしかったり、すごく引いた画面にして、口パクすらうやむやになっていたり。アップのシーンに修正かけるのでいっぱいいっぱい。1期の頃は、あんなにパフォーマンスシーンを頑張って作画していて、それで見ていたのに、これでは……。