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MEMOS

ちょっと書き留めたかったことなど。

『山下大輝の少ハリねずみカラー情報局 第4回公開生放送』

4/30(木)21:00-22:00
@バトゥール東京
MC:山下大輝
アシスタント:井上雄貴
ゲスト:橋口いくよ、鈴木裕斗

 前回の第3回は150人程度収容できるグランデ渋谷でしたが、第4回は会場を戻してバトゥール東京へ。今回は人数的には200人程度入っていた模様。

 前回よりだいぶきちんとやっていた。

 映像はまだ確認していないのですが、映像に入っていなかったと思われる部分の井上くんの極私的ハイライトは、本番開始前の、「呼び込むんですか?」→「呼んできます!」→「台本持ってきてない!」のくだり。それから、運気上昇を踊る前に、目を瞑ってコウさん(cv鈴木くん)に許可をもらっていたところ。あとは、退場時の「ふぅっ」ってところ。次もバトゥールだったら、退場のときのために双眼鏡を持ち込むべきですかね。あとで気が向いたら、詳細を書くかもしれない。

 井上固定カメラしながら、最前列でつらつらと考えていたこと。

 この番組が目指しているのは、アニメから派生した一般的な番組ではなく、ロフトプラスワン的なトークライブ。だからこそ、ちょっと気の利く構成作家を呼んで台本を書いてもらうという様子もなく、こういうのにありがちな笑えるコーナーを作るでもなく、スタジオ収録して編集するでもなく、わざわざ会場おさえて公開生放送、という妙に潔いガチンコな形態になっている。公開生放送というのは、収録よりも、断然、各種コストがかかるし、演者の技術も必要になってくる。それでも、この形態を選ぶのは、少ハリという作品にとって、一回性の共有というのが大きなテーマになっているから。アニメや小説は一回性のない複製芸術で、だからこそ、こういった場を設けて一回性を共有し、少ハリで描かれているテーマをファンに追体験させようとしている。たぶん、そういうことなんじゃないかな。

 ただ、一回性とか非再現性というのと、登壇者が無計画であることというのは、まったく一致しない。アラン・カプローのハプニング作品では、観客に一回性を体験させる一方で、演者には緻密な指示が与えられていたらしい。これは公開生放送であって、パフォーマンスアートではないので、厳密性というのはさほど求められないにせよ、前回までの公開生放送では、かなり無計画な方向に振れていた。今回は台本もけっこう枚数があって、話の中身はライブ感を大切にしつつも、行き当たりばったりでもなく。何を話したらいいんだろうみたいな迷子っぽさはなくなったように思う。

 少ハリのアニメ2期が終わったときに、「私にとって、この作品の主人公はゴッドっていう気がずっとしている。(中略)神に対して捧げたはずの生贄が、自らの信仰を超克していく。このとき、シャチョウはどんな気持ちだったんだろうなぁ。」と私はブログに書いている。少年ハリウッドというグループについては、新生も初代も、そこに尽きる。なので、アイドルとして歌って踊る人物には興味がない。かつてアイドルだった人間が、一度はその世界から離れたものの、今度はアイドルをプロデュースする側として戻ってくる。そこに、興味がある。そして、このゴッドという人の経歴は、原作者の橋口いくよの経歴を思わせる。

『原宿ガール』を書くきっかけとなった出来事が起こったのは、著者が32歳のとき。そして『原宿ガール』の主人公は、32歳のOL。両者の年齢は一致している。それに対して、少ハリのアニメのゴッドは50歳を迎えようとしていて、現在の著者の年齢とは乖離している。『原宿ガール』が「少年ハリウッド」に変化するにあたって、著者を思わせる登場人物は、プロデュースされる側からプロデュースする側になるだけではない。著者と同年齢の女性を軸にした作品から、著者よりも一回り年上の男性を軸にした作品へ。その変化を、私はとても前向きなものとして捉えているし、そこに、アイドルという特殊な世界に限られた話ではない、橋口いくよの人間としての生き様のようなものを感じる。

 作家は作品で語ってほしいし、それが読者に対する信頼だと思っている。アイドルとファンの信頼関係が、まずアイドルがファンを信頼することから始まるのと同様に、作家と読者の信頼関係も、まず作家が読者を信頼することでしかスタートしない。

 私が『原宿ガール』と「少年ハリウッド」から感じる作家の人間としての生き様は、私の勝手なイメージだと理解しつつも、目の前にいる肉体をもった人間の姿と重ならないので、原作者の「橋口いくよ」と、壇上の「橋口いくよ」は別の人だと思うことにしています。そうしないと、作品のもたらしてくれた感動がどんどん矮小なものになってしまう。

 それにしても、「少年ハリウッド」のすべての始まり、小説『原宿ガール』。定価1200円。いまみてびっくり、Amazonの古書価格13000円から。下手したら、4万円近い。私は古書で購入しましたが、今年の頭には1200円程度だった。私の蔵書のなかで、この数ヶ月での古書価格の高騰率No.1だな。3年後にどうなってるか分かんないし、売ろうかな、なんて株みたいなこと考えちゃいますね。