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MEMOS

ちょっと書き留めたかったことなど。

2015年5月 歌舞伎座 昼の部

 2015年5月18日。歌舞伎座昼の部。演目は『摂州合邦辻』、通し狂言天一坊大岡政談』。

 どちらも見るのは初めて。そのくせ、予備知識も仕入れずに観劇。

『摂州合邦辻』は、始まったときの浄瑠璃がとても好きだった。一気に物語の世界に導かれて、登場人物に息吹が与えられるような感じ。

 菊之助が演じる玉手御前は、終盤の刺されて以降の台詞はとても聞かせるし、迫力もあった。ただ、玉手御前の両親が派手に反応するなか、玉手御前に助けられた俊徳丸(中村梅枝)と浅香姫(尾上右近)の反応がとても薄くて、玉手御前の想いはなんだったんだろうと虚しくなった。玉手御前は俊徳丸に恋をしたと思われているらしい。それにしては序盤から艶がなく、いまひとつ、色恋沙汰を起こした人物としての説得力がない。話の筋からして、玉手御前が立派なオバサンに見えてしまうと面白くないはずだが、俊徳丸の許嫁である浅香姫の初々しさと、玉手御前の枯れた感じがあまりにも極端で、玉手御前が完全に立派なオバサンだった。

天一坊大岡政談』は、河竹黙阿弥の作品にしては、なんだか雑な台本。「補綴」とういのは、いったいどういう作業なんだろう。

 三段目~四段目~大詰と、菊五郎の演じる大岡越前守がとても立派で、台詞も聞きやすく、最後の幕切れもかっこ良かったので、気持ちよく劇場をあとにすることができた。

 菊之助天一坊は、一貫して颯爽とした悪人で、最後に大岡越前守に正体が見破られたときも、颯爽とお縄についていて、憎み切れないところがいいなと思った。ただ、孫のように可愛がってもらっていたお三の婆(中村萬次郎)を、悪巧みのためにアッサリ殺したくだりは、なんでそういう気持ちになったのか。もとより天一坊は隙あらば立身出世を狙っていた悪いヤツだったのか、それとも本当は良いヤツなんだけど魔が差して婆を殺してしまったのか、いまいち性格が掴み切れなかった。

 海老蔵の山内伊賀亮は、天一坊と合わせるはずの台詞で息が合わないのが、ものすごく気になった。三幕目も滔々と語っているくだりは上滑りしている感が否めないし、この幕の最後の表情も、それらしいはずなのに、とってつけたような笑み。外見はキャラぴったりって感じなのに、どこか浮いている。

 大岡越前守と天一坊のラストシーンはかっこいいけれども、それまでのドラマがラストのカタルシスに結びついているとは言えない。むしろ、大岡越前守が、池田大助(尾上松緑)を待ちきれずに、切腹しようとしちゃった短気なおバカさんに見えてしまって、いまひとつ、大岡越前守のかっこよさを減じてしまっている。

 細かいところで良い芝居はあったはずなのに、全体的な話の緩さもあって、いまいちノリ切れなかった。