読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

MEMOS

ちょっと書き留めたかったことなど。

井上くん卒業直前、嵐の前の静けさ、な今の心境。

 6月24日の晩、ぜんハリの井上くんの卒業が発表された。青天の霹靂だった。

 体調不良、それも喉への負担、という説明だった。もともと声優ファンなので、喉に関しては手術、ポリープ、潰れて声が出ない、個人輸入したのど飴、最新の加湿器etcと、声優が喉に細心の注意を払って生活していることは聞き及んでいる。それは、声優志望の井上くんも同様だろうと思う。ただ、直近のイベントで卒業というのは、只事ではない。休養レベルでは済まない、非常に重大な疾病を抱えてしまったのではないかと、まずは危惧した。

 先日の『渡り鳥』公演で三浦くんの卒業が発表された。ぜんハリが初めて追いかけるアイドルグループで、ファンになって半年あまりの私は、昨年末の時点で既に卒業してしまっていたメンバーの卒業をリアルタイムでは知らない。だから、三浦くんの卒業が、私が人生で初めて体験する、好きなアイドルグループのメンバーの卒業発表だった。そうなるはずだった。

 三浦くんの卒業発表も急だったけれども、美しいというか、準備されていたのが伝わってくる発表だった。卒業時期も未定ということで、これから卒業まで、いっぱい思い出を作って、2ショット撮影してもらおうかなぁなどと考える余裕もあった。

 そういう悠長な気持ちがある一方で、不安も芽生えた。それは、自分が特に応援してきた井上くんが卒業するときのことだった。この時点では、それは「いつか」の話だったけれども、私はその事態を想像した。もし、卒業発表したのが井上くんだったら、私は何を思うだろう。私は、そのときがきたら、意外と冷静にそれを受け入れることができるのではないか、と思った。声優志望の彼にとって、永遠にアイドルでいることは本意ではないだろうし、それは私にとっても本意ではない。

 個人的なことだけれども、私はいま、自分の生活を大きく変えようと思っている。この夏は、その準備に向けて、一大イベントが控えている。正直、アイドルを追いかけている場合ではない。自分の将来のことを考えると、夏のツアーも絞らざるをえない。ぜんハリを追いかけるようになって、毎月、イベントの参加率は半分を切ったことはないのだけれども、8月ばかりは無理だなぁと思っていた。そのとき、夏を経て、秋、冬、春と季節を迎えるなかで、このままどんどん参加率が低下し、足が遠のいてしまうのではないか、という考えが、頭に去来した。

 ぜんハリの活動は、率直に言って、いつまで続くか分からないと思っていた。アニメの放映が終わったら解散かな、という気持ちでファンになった面は否めない。でも、そんなことはなかった。合同フェス、6枚目のシングル発売決定、ときミュ出演決定、と先々の予定が発表された。安堵しながらも、しかし、常に、私はいつ解散してもおかしくない、と思っていた。そう思うのは、かつて、私が仕事で新規事業の部署に配属されたとき、部署がだらだらと赤字を垂れ流し、思いのほか長く部署は存続したけれども、結局撤退、という体験をしたのが大きい。そんなわけで、ファンになってから最近まで、非常に勝手で失礼だけれども、ぜんハリは遠くない未来に解散するし、私はそれを惜しみながら見守るのだろうと思っていた。

 だから、8月のツアー日程を眺めながら、ぜんハリの解散、あるいは井上くんの卒業より先に、自分がぜんハリファンを卒業(アイドル界隈では「他界」というらしいですね)するのでは、と不意に考えたとき、けっこうな衝撃を受けた。ただ、それもそれで仕方がなかろう。ファンはアイドルの人生になんの責任も負えない。無責任に好きになり、無責任に応援して、無責任に去っていく。終始、無責任にしか関われないことに、一抹の罪悪感を抱きながら、「今」を共有していくしかない。それが、6月22,23日頃に私が下した結論だった。

 しかし、その結論は、その直後、24日に呆気なく覆される。井上くんの卒業発表。それも、その週末でのイベントが最後になるという。それも、体調不良が理由で。

 想定しうるなかで、一番良い状況は、現状、重大な疾病はないものの、喉に負担がかかるし、声優という将来を考え、冬頃から行われることが多いと思われる、声優事務所あるいは養成所のオーディションに備えたい、という状況。反対に、最悪の状況は、喫緊に手術が必要、という状況。前者だったら、前向きな気持ちで応援できる。でも、もし後者だったらと思うと、胸が痛んだ。

 そのときに私が思い出したのは、自分の過去のこと。無理が祟って、身体を壊し、仕事ができなくなったときのことだ。医師に告げられた病名に動転しつつ、即休養。アレもコレもすべて、生きてきた道程を全否定されたような気持ちになり、半ばパニックに陥った。井上くんがツイッターのアカウントや、ツイキャス履歴を削除したことは、そのときの自分を思い起こさせた。しばらくの療養を経て、状況が落ち着いてきたときに訪れた自責の念、そして周りの人々が当たり前にできていることが自分にはできないという自信の喪失、不安や、怒り。身体の健康は取り戻せても、精神的に負ったダメージも大きかった。数年がかりで、それをやっと乗り越えつつあるけれども、その傷を負ったことは、生涯忘れられないだろう。私は、病に倒れた過去の自分と、井上くんを重ね合わせながら、もし最悪な事態だった場合に、これから彼が経験することになるかもしれない、様々な感情に思いを馳せた。6月24日の晩から25日にかけて、食事が喉を通らなかった。もし、週末のイベントも無理を押してステージに立つのだとしたら、それだって止めなければならないのではないか、と思った。

 しかし、6月25日の晩、ねずみカラー情報局の中継を見ていて、そこまで状況が酷くないがことが、原作者から伝えられた。それには本当に安堵した。実際のところは分からないし、もしかしたら悪いのかもしれないけれども、少なくとも、前向きな卒業という前提で見送ることができることは、喜ばしいことだった。私はもともとは疑り深い人間だけれども、とりあえず盲目なファンになって、井上くんの言葉を疑わず、最大限の性善説で、井上くん、他のメンバー、原作者、運営サイドを見守ることにした。悟りが開けそうな気がした。

 とはいえ、実際のところ、かなりドタバタしているのが見えた。キングレコードは20日21日とキングスーパーライブという大きなフェスを開催していた。19日からゲネプロがあり、運営サイドはかかりきりだっただろう。その週末はぜんハリはイベントはなく、22日の昼間に出演決定の告知がされたイベントについて、ぜんハリから告知されたのは晩。翌日23日になって、ようやく7月上旬のツアー初日の特典会情報が掲出。この時点では、井上くんの2ショット撮影会も告知されていた。しかし、24日の卒業発表で、その告知は削除。卒業発表の動画の他メンバーの様子、そしてねずみカラーでの皇坂くんの「急でびっくりした」という発言。原作者は「詮索されるのがイヤだったみたい」と、私に言わせれば、心ない暴言を吐く。「詮索」なんて言葉を使ったら、責められているように感じるファンも出てくるだろうと、言葉のプロの作家がそれを言うかと。いつも、一呼吸置いてから言葉を発する井上くんが、そんな言葉遣いをするはずないし、万が一、そう言ったとしても、それをマイルドに包むのが大人ではないのか、と。でも、涅槃寂静の境地に達しつつある私は、卒業の瞬間まで、菩薩メンタルで莞爾として微笑み続けることにした。

 原作者の言葉を、それ通りに受け止めれば、状況は、私が当初想定したなかで、最良のものだった。それだけで十分だ。

 安心すると同時に、湧き上がってきたのは、達成感と満足。それは、ぜんハリ解散、井上くんの卒業よりも前に、自分が他界せずに済んだこと、アイドルとしての井上くんを最後まで見届けることができることに対する達成感と満足だ。完全に自己満足だけれども、私はぜんハリファンになって、いま、初めて、自分に満足している。無責任に好きなり、無責任に応援してきたけれども、責任をもって卒業を見守り、ファンを完遂することができる。

 私は、初めて、井上くんにファンレターを書くことにした。こんなところで偏執的な公開ファンレターもどきを書いているクセに、私は、今までファンレターを井上くんに出したことはない。先述したような無責任さを日々感じながら追いかけていたので、無責任にブログでも書いているのが性に合っていると思ってきた。なので、顔と名前を覚えてもらいたいという気持ちはサラサラなかった。なんなら、あんまり金を落とさない泡沫のファンとして、1000円札に印刷されている野口英世に見えてくれていても構わない。もし、固体認識されるとしても、わりと会場にいて、顔もなんとなく見かける気がするし、ライブのときはオレンジのペンライトをやたらノリノリで振って、振りコピしてて、歌詞もめちゃくちゃ口パクしてて、気持ち悪いくらいニコニコしてて楽しそうで、たまに気が向いたら特典会(タッチも握手も直接触れるものは来なくて、だいたい2ショじゃなくてグルショ)に来てくれる人、以上の認識は要らない。今でも、認識されることに関しては、まるで執着がない。けれども、ぜんハリファンになって、初めて責任をもって行動ができるという思いから、ファンレターを書くことにした。手紙にはこんなこと書いてないけどね。

 手紙を書きながら、私はまたも過去の自分について思い出した。もうかなり前のことに遡る。自分の人生は自分のものだと、大きな決断を一人で下したときのこと。その決断を行動に移す口実を探し、機を伺っていた。誰にも相談しなかった。相談したところで、誰の言葉にも耳を貸さなかっただろうし、その必要も感じなかっただろう。周りに迷惑をかけ、混乱が起こることを承知で、機を捉え、行動に移した。当然、周りに迷惑をかけた。自分が同じことをされたら、相当怒ると思う。そんなだから、自分では極めて冷静なつもりで行動しているのに、周りから理解されず、すべてが裏目に出た。しかし理解されたいとも思わずに、自分の意志を通さねばという一念で、猛進した。これは飽くまでも私の、それも10代の頃の話。井上くんはここまで子供ではないと思うけれども、とにかく、私は過去の自分に向き合いながら、手紙を書いた。手紙にはこんなこと書いてないけどね。

 今、卒業当日の朝を、非常に穏やかな気持ちで迎えている。朝3時から4時間かけて、こんな記事を書いてしまうくらいには、平静ではないけれども、そうあろうとしている。

 この数日を振り返って、私は何度も、自分と井上くんをいろんな風に重ね、その心境を想像していた。真実は分からないし、余計な「詮索」かもしれないと、少々自己嫌悪に陥った。でも、私が長年大好きで、キンスパにも出ていた奥井雅美さんのブログの6月25日付けの記事を読んで、私は「詮索」しているのではなく、「寄り添う」ことをしているのだと思った。救われた。

 こうして寄り添いながら、私は、井上くんではなく、過去の自分に向き合ってきたことに気が付いた。少ハリでは、こういうのを「ファンからイメージを押し付けられる」と、ちょっと否定的に描かれている部分もあるけれど、私は、私の思い描く井上くんに向き合いながら、自分を見ている。とても不思議な気持ちです。

 今日、これから最後のイベントが行われる。そのあとのことが、まったく想像できない。