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MEMOS

ちょっと書き留めたかったことなど。

「ダイヤのA」 The LIVE III

ダイヤのA」の舞台。9/1 17:30の回をみた。2.5次元の舞台を観るのは、このあいだの『BLAZEBLUE』に続いて、2作品目。「ダイヤのA」については、原作未読、アニメ未見。キャストについては、ぜんハリでいつもお世話になっている深澤大河くんと、ぜんハリの現場でお世話になっていて今回チケットを譲ってくださった友人が名前を連呼している椎名さんと上田さんと、一時期ぜんハリの一部のファンの人たちがわりと行っていたb-boxの小澤さんは顔を見れば分かるよ、という程度の知識で行ってきました。ちなみに、原作は舞台を観てから、1巻から14巻まで読みました。

 とても面白かった。これが私の演劇初体験じゃなくて良かった。一歩間違えたら、たぶんハマっていた。

ダイヤのA」というのは、ありがちなスポーツモノの少年漫画。主人公が部活に入って先輩や仲間と出会って、ときに衝突しながらチームメイトと信頼関係を築いていき、立ちはだかる魅力的な対戦相手と戦い、ピンチに陥りながらも勝利を掴む。10代の頃の私はこういうのが大好きで、最近は読むのをやめていたけど、やっぱり今でも大好きだった。

 すごいな~と思ったのは、登場人物の姿が、ステージ上の俳優たちの姿と重なること。対象になっている分野が作中の登場人物たちは野球、俳優陣は演劇、というのが違うだけで、いろんな人たちが力を合わせてひとつのことを達成する、というのは同じ。少年漫画で描かれているカタルシスを、演劇という形で生身の役者が体現することで、そのカタルシスの破壊力はかなり大きなものになっていると思った。

 結果、集団行動が苦手なことがコンプレックスな私は、その後数日間、かなりの精神的ダメージを負うことになった。漫画あるいはアニメだったら、文字通り別次元の人物として受け流すことができる。でも、舞台の場合は、実際に演じている俳優陣が目の前にいる。この舞台も、いろんな人たちが集まってきて、いろんな思いを抱えながらも、みんなで協力して作ったんだなぁとか思ってしまって、異常なまでにコンプレックスが刺激された。実際のところ、彼らはプロの俳優でお金をもらって仕事としてやっているんだけれども、演じられている作品の内容に引きずられて、彼らが少年漫画の登場人物のような、めちゃくちゃな社会性協調性の持主のように見えてしまう。これは精神的にとてもとてもしんどかったけど、生身の身体が持つ力を改めて感じた。

 あと興味深かったのは、舞台化の手法。舞台を見終えたあとに、原作を読んで、そこに描かれている文字を一語一句ほぼすべて読んでいることに驚嘆した。道理で誰かがずっと喋っているわけだ。正直、この方法はいただけない。

 少年漫画はとにかく説明が過剰なまでに丁寧。それは読者の年齢層もあるだろうし、週刊連載という都合上、1週間くらい読み飛ばしてもなんとかなるように、とにかく懇切丁寧に状況を説明する。そういう配慮は、これを舞台化するにあたって残すことが必要なんだろうか。舞台として受容するにあたって、それはむしろノイズになっているのではないだろうか。

 さらに言えば、内心の言葉と、発話されている言葉が完全に入り乱れているので、野球の試合中とは思えないほど喋りまくっていて、終盤の御幸くんの台詞が延々続くところとか、試合的には盛り上がっているはずなのに、う~ん……ってなりました。しかし、そのシーンを漫画で読むと面白かった。漫画の表現と演劇の表現と、メディアによる違いを考えないのは芸がなさすぎ。

 1年生はチームメイトの期待に応えたいという気持ちがプレッシャーになったけれども、3年生はその気持ちを力にできた、みたいな記者の台詞、妙に情感が入ってしまっていて、そこで無理やり話をまとめようとした印象があった。このテーマは原作でも描かれ方が手ぬるいなというか散漫だなと思ったけれども、その散漫さを舞台まで引き継ぐ必要はない。原作の散漫さは、週刊連載作品というのもあって読み流せるけれども、きちんと最初から最後まで決めてから取り掛かれる舞台ならば、冗長なところを削って、丁寧なところを丁寧に描いて、もっと役者にきちんと丁寧な芝居をさせることはできたのではないだろうか。理想を言うなら、この台詞がなくても、舞台を通して観客にそれが伝わるようにできたら、それが最高だなという気がする。

 アダプテーションというのは、どうしたって解釈が入らざるをえない。それは、他のメディアに移すことになった時点で避けることができない。であるからには、そこは腹を括って、翻案する人は作品の魅力、作品の本質がどこにあるか、という自分の解釈を提示することに対して勇気を持っていいと私は思う。今回の舞台は、野球を舞台でどう飽きさせずに見せるか、という表面的なことしか考えていないように見えたし、そんな守りの姿勢を見せられたら、原作を読んだ方が面白いよね、という結論で片付いてしまう。これだけ役者を集めて、スタッフもついてるのに、それではあまりにも惜しい。

 忠実な舞台化ってどういうことだろう……というようなことを考えながら、自分が演出家だったら~みたいな妄想をするのは、とても楽しい。あと、私はいまこそリンダ・ハッチオンの『アダプテーションの理論』を読むべきときかもしれないね。とにかく、いろんな気づきがあって楽しかったです。