MEMOS

ちょっと書き留めたかったことなど。

映画「いぬむこいり」

 日本で、こんなに豊かなマジックリアリズムの作品が観られるとは思わなかったので驚いた。

 東京で小学校の教師をしていた主人公。彼女の一族には、「いぬむこいり」の説話が伝承されていた。勤務先の学校で保護者とトラブルになり、婚約者をゴスロリ少女に奪われ、散々な目にあっていた彼女はある日、「イモレ島で宝物を見つけられる」というお告げを聞き、東京を出奔する。沖之大島を経由してイモレ島に渡ろうとしたところ、イモレ島では長年戦争が行われていて容易に入り込める状況ではないこと、沖之大島とイモレ島には彼女の一族に伝わる「いぬむこいり」の説話と酷似した物語と伝承されていることを知る。

 物語は4部構成になっており、第1章は東京、第2章は沖之大島、第3章は無人島、第4章はイモレ島と、4つの土地が描かれる。第1章で主人公が東京を出奔するまでの物語、そして第2章で沖之大島に渡った彼女が圧政を敷く町長と選挙戦を繰り広げる物語は、ところどころにエキセントリックな要素が挿入されつつも、基本的にはリアリズムの手法で描かれている。ところが、第3章で彼女が無人島に渡った以降は、リアリズムと伝承世界が交錯し、めくるめくマジックリアリズムの世界が展開される。第2章、第3章、第4章と場面が移行していくにしたがって、それぞれの島ごとに風景や生活様式や民俗の違いがあり、その多様性は第1章で描かれる東京までも相対化していく。

 マジックリアリズムの代表格とされるガルシア・マルケスの『百年の孤独』では架空の都市マコンドが設定され、それに倣って日本でも多くの作家が自らの故郷を舞台にマジックリアリズムの影響を受けた作品を発表している。ただし、おそらく、「いぬむこいり」のように、日本が約7,000近い島々からなる点に着眼し、日本全体を舞台として包摂しうる作品は、いままで発表されていないのではないかと思う。

 そして、空間的射程の広さもさることながら、時間的な射程の広さ、つまり歴史や歴史認識、現在の政治的な問題についても触れているのが力強い。第4章で描かれるイモレ島が沖縄をモデルにしていることは言うまでもない。第2章では、圧政を敷く横柄な町長や、彼の意向を忖度して行われた村八分、民主主義を謳いながら行われるポピュリズムな選挙戦が描かれ、これらの要素を現実で見覚えがないとは到底言えない。

 しかし、こうした切実な問題を題材にしながら、それを滑稽に描いているところに、サービス精神の旺盛さを感じる。そして、徹底的に滑稽にやってやろうという俳優陣のエネルギーが至るところで迸っている。映像的な強烈さという点では、第4章で緑魔子がアングラを思わせる舞を披露するシーンは圧巻だった。そして、柄本明石橋蓮司も最高だった。レノンが好きだと言った直後に覚悟の焼身自殺をする三味線店店主。ゲバラが好きなくせに、主人公を担ぎ出して自らは黒幕として振る舞う革命家。まったくもって、矛盾に満ちた人物設定だけれども、設定と生き様が噛み合わない姿は喜劇的であると同時に悲劇的でもあって、人間臭くて、ドキドキする。そしてなにより、俳優陣では主人公の女性を演じた有森也実が素晴らしかった。

 東京で小学校の教師として働いているものの、些か突飛なところがあってうまく社会に溶け込めずにいるアラフォー独身女性の生きにくさ。彼女はお告げを聞いて、自分本意に生きてやるという決意をもって職を辞すが、度々、ひとの役に立ちたいと口にし、その度に周囲に翻弄される。自らが生贄であるとしても、ひとの役に立つならば構わない、とまで彼女は言う。イモレ島への道中、騙されても、利用されても、失敗しても、常に善良であろうとする姿は、いじらしく、可愛らしく、そして尊い

 彼女はイモレ島で犬神と対峙し、腹に宿した犬男との子供を産んで命を落とす。それを、生贄になり、ひとの役に立つという彼女の願いが遂に叶ったととるか。あるいは、彼女の一族に伝わる物語の一部となることで自らの居場所に辿り着いたのだととるか。はたまた、自分らしくとか、ひとの役に立つとかいった欲求とは違う次元の存在になってしまったのだととるか。いろんな解釈があると思うのだけれども、この結末を迎えることで、彼女はやっと自らの欲求から解放されることができたのだ。

 マズロー欲求5段階説では、生理欲求、安全欲求、社会的欲求、尊厳欲求自己実現欲求が順に満たされていく、とされている。しかし、この物語の主人公は、生理欲求と安全欲求を捨てることで、残りの3つを満たすことがようやくできている。死んでしまったら元も子もないけれど、死ななければ充たされることがないというのは、なんとも皮肉な話だ。

 彼女がクズなのか、それとも世界がクズなのか。どっちもクズだけど、どっちも愛しくて、どっちもバカバカしいよね。仕方がないから生きてやろうか、そんな気分になる映画だった。

 パンクロッカー役の笠井薫明くんがかっこよかったです!Hombre nuevoって父親に教えられて、まったく意味わかってなさそうな顔で「おんぶれぬえぼ、おんぶれぬえぼ」って言ってアホ面晒して死ぬシーン、最高に切なくて可愛くてダサくて滑稽でした。念のため書いておくけど、そのように見えるべき役をそのように演じていたことを素敵だなと思ったのであって、彼が滑稽と言っているわけではないです。

 もともとこういうの(『百年の孤独』みたいなラテンアメリカマジックリアリズムとか、それに倣った日本やその他さまざまな国の作家の作品)が大好きなので、「いぬむこいり」は私にとってクリティカルヒットな作品だった。でも、インディーズだから知る機会は限られているし、上映時間長いし、上映期間短いし、新宿は連日のように満席だったみたいだし、笠井くんが出てなかったら出逢うことができなかったと思う。ぜんハリおたくの課外活動、いままでで最高の出逢いでした。すごく感謝しています。